2008年07月03日
日本の温暖化対策
「低炭素社会・日本」の危険がいっぱい
7日から北海道洞爺湖サミットが開催される。
9日福田首相はそれに先立ち「日本記者クラブ」において、日本からの地球温暖化対策の主要テーマのアピールを行っています。『低炭素社会・日本』をめざして」というもので、通称「福田ビジョン」といわれるものだ。
日本の温暖化対策、戦略を世界、、国内向けにアピールしている訳だが、成る程と感心しながら読み進められる内容になっている。しかし、少し振り返れば、そこには行くも地獄の展開が予想されるものが高々と主張、提案されているのが見て取れる。ビジョンには二つの懸案事項が市民権を我がものに主張している。
それは(排出量取引)と(既存先進技術の普及:再生可能エネルギー)の推進だ。
京都議定書から特に日本が実行できないで消滅率を倍増させている原因がこの排出量取引である。温暖化対策の基本理念から推し計り、排出量ビジネスに手をつけてはならないことは自明の鉄則である。その場凌ぎの拙速な排出量取引は新自由主義の終焉を地でいくようなものだ。
日本は銭金で済ませる外交政策でその後大きなしっぺ返しを強いられた記憶はついつい最近のことではないか。
次は聞こえがよい(既存先進技術の普及:再生可能エネルギー)、「次世代原子力発電技術などの技術開発ロードマップを世界で共有」するという温暖化対策戦略だ、これは既に米国と共同の米国内における原子力発電所計画が契約済みになっていることの現実論をお披露目するかたちでPRされる。米国は、度重なる原子力事故で新設工事を凍結してきて原子力発電技術が著しく遅れをとった。そこで米国は、日本の実践技術納入というかたちで、日本の原子力輸出解禁に許可を与えた。但し、世界への輸出は、米国との二人三脚でなければ輸出できない縛りを課している。
既に中国への原子力発電所建設の受注が本決まりになるという。米国の中国友好政策は温暖化対策戦略に名を借りた原子力産業の中国進出にある。
いくも地獄とは、この原子力政策一つとっても歴然とした、日本は政治、経済、文化(既に完全汚染されている)は米国なしでは立ち行かない状況が完結したことになる。
福田内閣総理大臣スピーチ
「低炭素社会・日本」をめざして(日本記者クラブにて)
気候ネットワーク:福田ビジョンへのコメント(2008/06/09)
特集:北海道洞爺湖サミット 7日開幕(その1)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【転送・転載歓迎】
洞爺湖サミットに向け発表された「福田ビジョン」、センセーショナルな「60〜80%削減」に隠れて、原子力発電に関してとんでもない記述がされています。
以下稚拙ながら、当会の抗議声明を転載します。
---------------------------------------------
【声明】 「次世代原子力発電」「途上国で導入」明記した『福田ビジョン』を、洞爺湖サミットで公言させてはならない
2008年6月10日
●6月9日、福田首相が日本記者クラブで会見を行い、洞爺湖サミットにおいて議長国を努める日本の地球温暖化対策として、「『低炭素社会・日本』をめざして」(「福田ビジョン」)を発表しました。
これに関しては、2050年までにCO2排出を「現状から60〜80%の削減する」という目標を掲げたことが、「前向き・積極的な姿勢」「数値だけが一人歩き」等々肯定的・否定的評価が入り混ざってマスメディアで大々的に伝えられております。
私たちとしては、CO2排出削減に関して、高い目標を掲げること自体は評価します。ですが、問題なのはその具体的政策です。日本は京都議定書の6%削減すら達成不可能な状況にあるのだからなおさらです。
そして、その具体的政策の中身で、今回の「福田ビジョン」では原子力発電に関してかつてなく突っ込んだ表明がなされています。
以下に示しますが、私たちはこれに強く抗議し、この様な「福田ビジョン」が洞爺湖サミットで国際公約として宣言されることのないよう、撤回・修正を求めます。
●「福田ビジョン」では「具体的政策」の中で原子力発電に関し、大きく言って以下2点の記述があります。(引用は、首相官邸HPより)
------以下引用-------------------------------
そこで、私は、革新技術の取組を一層加速するために、洞爺湖サミットにおきまして、国際機関とも連携した「環境エネルギー国際協力パートナーシップ」これを私の構想として提案したいと思っております。
これは、30年先、40年先をにらんだ革新的な太陽電池やCCS技術、次世代原子力発電技術などの技術開発ロードマップを世界で共有し、各国が自分の得意分野を分担しながら国際社会が協調して技術開発を進めていくというものであります。
------中略-----------------------------------
原子力に関しては、CO2排出ゼロという特性そしてエネルギー価格の高騰傾向を反映して、先進国のみならず途上国でも積極的に原発を導入する動きがあります。引き続き安全安心を大前提に原子力政策を推進していくとともに、こうした国際的な動きに対して、日本の優れた安全技術を提供し、核不拡散に対する厳格な姿勢を伝えていくことは、我が国に期待されている重要な役割だと考えています。
------引用ここまで---------------------------
●以下、私たちの見解
もちろん大前提として、大量の放射性廃棄物を次世代に残す原子力発電は、持続的で再生産可能なものとはとうてい云えません。ましてや事故のリスクや被曝労働の実態を直視すれば、なおさらです。
地球的規模での温暖化対策の必要性が叫ばれるのは、持続的で再生産可能な人類社会を目指すがゆえのことです。原子力の利用は、この主旨・前提から大きく逸脱するものです。
さらには、原子力が「CO2排出ゼロ」というのもまやかしです。大量の温排水による「海暖め効果」を評価すれば、地球上最大のCO2吸収源である海洋にダメージを与えることによる排出量は莫大なものになります(詳しくは、当会HP 参照)。
そうしたことをふまえた上で、今回の提言で最も特徴的、かつ許せないのは、「次世代原子力発電」の技術開発を進めていく、ということが明言されたことです。
これは現在政府が押し進める「核燃料サイクル開発」を、地球温暖化対策としても位置づけるということでしょう。六ヶ所村の再処理工場の本格稼働、高速増殖炉「もんじゅ」の年内再稼働、そして先頃着工された「フルMOX原子炉」大間原発の建設に、政府が力を入れていることからもそれは容易に推察できます。
「途上国に日本の技術を供与していく」、といった文脈とあわせて考えれば、すでに国際受注競争の激しい「従来型軽水炉」分野からシフトして、高速増殖炉やMOX、フルMOX原子炉といった特殊原子炉の開発を進め、新規立地・炉建設の難しい国内に代わって「途上国」に新たな市場を求め売り込んでいく、という国−原子力産業界一体となった戦略があることも見えてきます。加えて、「核不拡散」を錦の御旗に、「再処理」と「再処理燃料の供給」を国際的に独占して、莫大な利権を得ていこうということも考えているのではないかと危惧します。
●こうした観点から、私たちは「福田ビジョン」に対し以下の点を求めます。
1、次世代原子力発電の技術開発に関する記述を削除・撤回すること
2、途上国への原子力技術供与に関する記述を削除・撤回すること
3、原子力によらない自然エネルギー開発や省エネルギー社会の実現に、積極的に取 り組むことを明記すること
STOP!劣化ウラン弾キャンペーン (文責・久保田誠)
http://stop-du.jp/
久保田 誠 makoto@matsu.kaze.com
7日から北海道洞爺湖サミットが開催される。
9日福田首相はそれに先立ち「日本記者クラブ」において、日本からの地球温暖化対策の主要テーマのアピールを行っています。『低炭素社会・日本』をめざして」というもので、通称「福田ビジョン」といわれるものだ。
日本の温暖化対策、戦略を世界、、国内向けにアピールしている訳だが、成る程と感心しながら読み進められる内容になっている。しかし、少し振り返れば、そこには行くも地獄の展開が予想されるものが高々と主張、提案されているのが見て取れる。ビジョンには二つの懸案事項が市民権を我がものに主張している。
それは(排出量取引)と(既存先進技術の普及:再生可能エネルギー)の推進だ。
京都議定書から特に日本が実行できないで消滅率を倍増させている原因がこの排出量取引である。温暖化対策の基本理念から推し計り、排出量ビジネスに手をつけてはならないことは自明の鉄則である。その場凌ぎの拙速な排出量取引は新自由主義の終焉を地でいくようなものだ。
日本は銭金で済ませる外交政策でその後大きなしっぺ返しを強いられた記憶はついつい最近のことではないか。
次は聞こえがよい(既存先進技術の普及:再生可能エネルギー)、「次世代原子力発電技術などの技術開発ロードマップを世界で共有」するという温暖化対策戦略だ、これは既に米国と共同の米国内における原子力発電所計画が契約済みになっていることの現実論をお披露目するかたちでPRされる。米国は、度重なる原子力事故で新設工事を凍結してきて原子力発電技術が著しく遅れをとった。そこで米国は、日本の実践技術納入というかたちで、日本の原子力輸出解禁に許可を与えた。但し、世界への輸出は、米国との二人三脚でなければ輸出できない縛りを課している。
既に中国への原子力発電所建設の受注が本決まりになるという。米国の中国友好政策は温暖化対策戦略に名を借りた原子力産業の中国進出にある。
いくも地獄とは、この原子力政策一つとっても歴然とした、日本は政治、経済、文化(既に完全汚染されている)は米国なしでは立ち行かない状況が完結したことになる。
福田内閣総理大臣スピーチ
「低炭素社会・日本」をめざして(日本記者クラブにて)
気候ネットワーク:福田ビジョンへのコメント(2008/06/09)
特集:北海道洞爺湖サミット 7日開幕(その1)
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【転送・転載歓迎】
洞爺湖サミットに向け発表された「福田ビジョン」、センセーショナルな「60〜80%削減」に隠れて、原子力発電に関してとんでもない記述がされています。
以下稚拙ながら、当会の抗議声明を転載します。
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【声明】 「次世代原子力発電」「途上国で導入」明記した『福田ビジョン』を、洞爺湖サミットで公言させてはならない
2008年6月10日
●6月9日、福田首相が日本記者クラブで会見を行い、洞爺湖サミットにおいて議長国を努める日本の地球温暖化対策として、「『低炭素社会・日本』をめざして」(「福田ビジョン」)を発表しました。
これに関しては、2050年までにCO2排出を「現状から60〜80%の削減する」という目標を掲げたことが、「前向き・積極的な姿勢」「数値だけが一人歩き」等々肯定的・否定的評価が入り混ざってマスメディアで大々的に伝えられております。
私たちとしては、CO2排出削減に関して、高い目標を掲げること自体は評価します。ですが、問題なのはその具体的政策です。日本は京都議定書の6%削減すら達成不可能な状況にあるのだからなおさらです。
そして、その具体的政策の中身で、今回の「福田ビジョン」では原子力発電に関してかつてなく突っ込んだ表明がなされています。
以下に示しますが、私たちはこれに強く抗議し、この様な「福田ビジョン」が洞爺湖サミットで国際公約として宣言されることのないよう、撤回・修正を求めます。
●「福田ビジョン」では「具体的政策」の中で原子力発電に関し、大きく言って以下2点の記述があります。(引用は、首相官邸HPより)
------以下引用-------------------------------
そこで、私は、革新技術の取組を一層加速するために、洞爺湖サミットにおきまして、国際機関とも連携した「環境エネルギー国際協力パートナーシップ」これを私の構想として提案したいと思っております。
これは、30年先、40年先をにらんだ革新的な太陽電池やCCS技術、次世代原子力発電技術などの技術開発ロードマップを世界で共有し、各国が自分の得意分野を分担しながら国際社会が協調して技術開発を進めていくというものであります。
------中略-----------------------------------
原子力に関しては、CO2排出ゼロという特性そしてエネルギー価格の高騰傾向を反映して、先進国のみならず途上国でも積極的に原発を導入する動きがあります。引き続き安全安心を大前提に原子力政策を推進していくとともに、こうした国際的な動きに対して、日本の優れた安全技術を提供し、核不拡散に対する厳格な姿勢を伝えていくことは、我が国に期待されている重要な役割だと考えています。
------引用ここまで---------------------------
●以下、私たちの見解
もちろん大前提として、大量の放射性廃棄物を次世代に残す原子力発電は、持続的で再生産可能なものとはとうてい云えません。ましてや事故のリスクや被曝労働の実態を直視すれば、なおさらです。
地球的規模での温暖化対策の必要性が叫ばれるのは、持続的で再生産可能な人類社会を目指すがゆえのことです。原子力の利用は、この主旨・前提から大きく逸脱するものです。
さらには、原子力が「CO2排出ゼロ」というのもまやかしです。大量の温排水による「海暖め効果」を評価すれば、地球上最大のCO2吸収源である海洋にダメージを与えることによる排出量は莫大なものになります(詳しくは、当会HP
そうしたことをふまえた上で、今回の提言で最も特徴的、かつ許せないのは、「次世代原子力発電」の技術開発を進めていく、ということが明言されたことです。
これは現在政府が押し進める「核燃料サイクル開発」を、地球温暖化対策としても位置づけるということでしょう。六ヶ所村の再処理工場の本格稼働、高速増殖炉「もんじゅ」の年内再稼働、そして先頃着工された「フルMOX原子炉」大間原発の建設に、政府が力を入れていることからもそれは容易に推察できます。
「途上国に日本の技術を供与していく」、といった文脈とあわせて考えれば、すでに国際受注競争の激しい「従来型軽水炉」分野からシフトして、高速増殖炉やMOX、フルMOX原子炉といった特殊原子炉の開発を進め、新規立地・炉建設の難しい国内に代わって「途上国」に新たな市場を求め売り込んでいく、という国−原子力産業界一体となった戦略があることも見えてきます。加えて、「核不拡散」を錦の御旗に、「再処理」と「再処理燃料の供給」を国際的に独占して、莫大な利権を得ていこうということも考えているのではないかと危惧します。
●こうした観点から、私たちは「福田ビジョン」に対し以下の点を求めます。
1、次世代原子力発電の技術開発に関する記述を削除・撤回すること
2、途上国への原子力技術供与に関する記述を削除・撤回すること
3、原子力によらない自然エネルギー開発や省エネルギー社会の実現に、積極的に取 り組むことを明記すること
STOP!劣化ウラン弾キャンペーン (文責・久保田誠)
http://stop-du.jp/
久保田 誠 makoto@matsu.kaze.com
2008年06月29日
銀閣寺の「お色直し」について
銀閣寺の「お色直し」について思うこと『銀閣寺:“お色直し”断念』の記事が24日毎日新聞夕刊に掲載されていた。
この修復工事の話題は、昨年からいろんなかたちで公開されていたので私も興味をもっていた。
そこで紹介されている記事(下記参照)について私なりの思いを述べてみる。
「外壁の板の厚さが風化で半分程度になっており、最も薄いところで1センチしかなく、塗装には不適と判明。」
この表現は、正確にはもっとも損傷の酷いところでは、鏡山の伽羅岩のような状態、粉塵化寸前にあるという状態を物語っている。昨年、京都府文化財保護課の下で修復の検証が録画され、その一部がテレビ放映されたのを偶々みることができて思い出した。
今回の修復工事で少し気になることがある。「06年の科学的調査で銀ぱくが張られていなかったことが確認され、通説通り漆塗りだったことが分かった。」
府文化財保護課の「06年の科学的調査」であるが、戦前から外壁黒漆塗は、山間での湿気と雪防止のためという通説を棚上げしておいた挙句の調査と勘繰られる。即ち、府文化財保護課と慈照寺の不作為が問われる問題だと考えてしまう点だ。この不作為による「創建当時の復元はできなかった」となると行政と公的神社仏閣の見識を疑いたくもなる。
今回の問題は私たちにとっても対岸の火事の話ではない。昨年6月、私たちが要請していた三断橋修復工事はその典型的な例だ。
そもそも文化財でないことが不思議なのだが、この三断橋の管理自体が環境整備課であることが理解できず、何度も依然から問い質していた。従って、改修工事は、約350年の風雪に耐えてきた歴史的建造物にも係わらず一般の架橋工事として住宅環境整備課で行うという説明会であった。当然、教育委員会等の関連部所との協議はない。
私たちフォーラムは関心のある方々に現地説明会を呼びかけ、いかに住宅環境整備課の工事が無謀なものであるかを説明会で問い詰めた、その結果今日の文化財指定につながっている訳だが、これはフォーラムの呼びかけがなければ、今回の銀閣寺の「創建当時の復元はできなかった」ということになっていたことは必至自明である。
参考サイト
日時 :6月28日 三断橋 現地説明会午後1時半 〜 2時半
本当に守らなければならないものはなにか
「創建当時の復元はできなかったが、多くの人が銀閣寺からイメージする枯淡美は維持される」
「枯淡美」とはなにか
銀閣寺をみて、凡そ人間とは自己の幻想に安堵するものだとの思いに常々矛盾を感じている。金閣寺に対する銀閣寺は洒落にもならないが、当時としては、黒漆塗りの外壁は立地条件的合理性を優先しているとみえるが、しかし、隠居してもなお権威的でありたいと願う権望でしかない建造物に当時はなっていたらしい。また、当時の趣味人、文化人としてその栄華、権威を欲しいままに建造したのが東山殿であり、その一角に観音殿をおいたのが銀閣と通称したという。
私の矛盾というのは、室町幕府8代将軍の足利義政の栄華、権威の象徴でもある銀閣寺にどうして私たちが「枯淡美」に憧れて訪れるかということだ。
黒漆塗りは、「さざれ石のいはほとなりて苔のむすまで」とあるように権威の象徴である。
一つ確かなことは、日本人は滅びへの美意識、その過程に著しく追憶することを最善としてきた節がある。
実は、私は京都の古刹のなかでも、銀閣寺へ一番足繁く訪れている。旅行、散歩のついで、観光案内と数えれば20回以上にはなると思う。因みにその次は曼修院周辺(院前の蕎麦屋と裏の里山)だ。
最近では2年前になるが、今回の改修工事を知り、そういえば確かに40年前に較べればやはり痩せ細り、衰退気味のような感じがふと思い起こされた。そして、よくよく考えれば、この衰退を自己体現することによる安堵感を再認識する為に再三再四訪れているのではないかという自答が過ぎった。
「権威」と「枯淡美」という相容れぬ憧れを常にもつ人間の両極面性、反発的陽陰感性が違和感なく銀閣に向わせる衝動は、何度か出向くことにより矛盾を一挙に解消する為の銀閣特有の装置が施されていることに私なりに分かったことがある。それは総門から中門までの約50メートルの石垣、竹垣、椿の生垣からなる三段構えの銀閣垣そのものにある。
現在の建物で2階立ての高さはあるだろう両塀を通りぬけることにより、現世の煩雑から透明な空間へタイムスリップする、そんな装置が銀閣垣にあるようだ。その次元では人はただ単純に建造物の曲線と庭園を享受することができる、ゆったりとした空間に身を置くことが可能なのだろう。そして、さらに沈着すると、私たちは、これは「枯淡美」というのとはまた趣きが異なる感性の領域を持ち合わせていることに立ち返らせる、一種の安堵感に浸るのではないだろうか。「権威」、「枯淡美」とは異なる単純化されたオブジェの世界がそこにはあるように私には思える。
だから、「権威」と「枯淡美」の矛盾に翻弄されることなく、自然に解消されて機会あるごとに何度も向わせたのだろう。
それでは、「本当に守らなければならないものはなにか」ということであるが、京都府文化財保護課の「創建当時の復元はできなかったが、多くの人が銀閣寺からイメージする枯淡美は維持される」としたものではなく、復元は飽く迄も創建当時が原則の論に起ちかえり、歴史を一括りにしないということだ。守ることは伝えるということであり、歴史はそれでなくても歪曲化されるのが宿命のように歴史化されてきた背景から、創建当時への私たちの熱いまなざしこそが守られ、伝えなければならない、ということに尽きる。
その意味で、今回の文化財指定に基づく三断橋修復工事は、創建当時の復元に値する工事であるべきだ。銀閣寺の改修工事はそのことを如実に教示している。
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銀閣寺:“お色直し”断念 創建当時の黒漆塗られず 風化で外壁の板、薄く
改修工事中の銀閣寺(慈照寺、京都市左京区)について、京都府教委が外装に黒漆を塗って創建当時の姿に戻すことを検討したが、解体調査の結果、断念していたことが分かった。わび・さびで知られる東山文化の象徴だけに、府文化財保護課は「創建当時の復元はできなかったが、多くの人が銀閣寺からイメージする枯淡美は維持される」としている。
「銀閣」は2階外壁の黒漆に池の反射光が映って銀色に輝いたのが語源とも言われている。06年の科学的調査で銀ぱくが張られていなかったことが確認され、通説通り漆塗りだったことが分かった。
現在は漆がはげ落ちて板張りに見えるため、府教委は創建時のように黒漆を塗って保護しようと検討。しかし、外壁の板の厚さが風化で半分程度になっており、最も薄いところで1センチしかなく、塗装には不適と判明。学識者などでつくる寺の保存整備委員会と協議した上で断念した。
銀閣寺は同教委が昨年末から改修工事中で、柿(こけら)ぶきの屋根も27年ぶりにふき替えられる。【谷田朋美】
毎日新聞 2008年6月24日 大阪夕刊
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2008年06月26日
第60回 フォーラムの報告
第60回 和歌の浦フォーラムの報告
08年6月 18日(水) 勤労者会館・午後7時0分〜
■ 課題 ・明和中学校防壁ペイント ・芭蕉句碑公園・
・ 鏡山里山保全 ・塩釜神社周辺フェンス
議 事 次 第
1. 報告
・ 多田代表の死亡について
・ 塩釜神社側横断歩道の設置について
(6月13日現場検証、15日伽羅岩の草とり)
2. 課題 (住宅課、遺産課の現場協議の話し合い)
・ 鏡山公園石段撤去について
3. 玉津島神社 根上松の看板の件
4. 和歌の浦 鏡山公園周辺案内地図(市の企画について)大谷
5. 今後のフォーラムの体制について
次回日程
事 務 局 : 報告 (参加者:岩畑その他4名)
■ 多田代表の死亡経緯を報告する
先ず、5月21日、フォーラム会議の後、自宅前で今後のフォーラム運営について歓談する。その時は入院の話はでなかった。二日後の金曜日に入院、翌週月曜日、早期回復を図る為に入院したと連絡を受ける。
金曜日の夜、奥さんから電話があり、病態は悪化して2日程度しかもたないという連絡を受ける。そして、本人の希望で私と米田、大谷さんに会いたいとの伝言を聞く。
土曜日の午前10時過ぎ三人でお見舞いに行く。この時は、にこやかに饒舌気味に会話が弾み、回復に転じたと信じられる応対で一安心して、負担を避けるため早々に退室する。そして、6月2日午前、深夜の2時30分に亡くなったとの知らせを受ける。
以上が私の知る死亡までの経緯である。
■ 塩釜神社側横断歩道設置にともなう物置移転の経緯
ウバメガシの撤去による柵側歩道の確保に至る経緯説明(13日各団体協議)を行う。
今回の計画決定は、現状の物置は現状の復元という内容で許可するという判断である。また、柵内に設置するということに関しては、せっかくの落石防護の柵設置の目的が危ぶまれるという判断で、遺産課の判断とも呼応するものになった。従って、物置新設は道路境界線から安全確保有効幅を確保して、現状位置から後ろに移動(約1メートル)して設置することになった。
ウバメガシの生垣撤去に踏み切った理由
ウバメガシの生垣を保持するという見解は、当初から故多田氏をはじめ、フォーラムメンバー大方の意向であった。5月19日「フォーラム懇談会」で横断歩道設置の提言が決まり、その後、私自身何度となく検めて現状を歩いて思ったことは、現状のウバメガシの生垣は遠方からの風景作りに一役買っている。しかし、バス停までの歩行では、柵設置に伴い、石碑と伽羅岩を著しく疎外していると感じるようになった。そこで私は、全面的なウバメガシの生垣撤去は、石碑と伽羅岩への私たちの日常性の接近を促すもので、風景とのかかわりを担保する風景作りになり、より価値のあるアプローチになると判断した。また、生垣撤去は、今回の協議から安全歩行の確保が第一の目的であることを考えれば、最優先に判断されて然るべしで異論のないところだと確信する。
■ 鏡山公園石段撤去について
結論から説明すれば、国史跡指定地域での現状の変更は、これからの現地調査による文化財課の調査判断に委ねられる。文化財としての保存設定時間軸の決定が大きく左右するということになる。即ちどの歴史時間軸、時代に遡るかに拠るというものだ。
思い出して頂きたいのは、この手の議論は、以前何度かフォーラムで平田氏が提議した課題である。どの時代の状況を文化財として認定、その判断によって現状の石段を撤去する、維持するとの決定を下すという行政見解である。
そして、この見解とは、これまでのフォーラムの要請内容が正にこの主張、歴史的時代背景の原状態に戻すこととほぼ同じことを意味する。つまり、あしべ屋そのもの、松尾芭蕉句碑建立の次元に復帰させること、これを第一義的に直接的、間接的に主張してきたのが、「南方熊楠と和歌の浦」から「あしべ屋跡地と和歌の浦」のシンポジウムである。そして、シンポジウムで私たちが主張する「あしべ屋」が歴史的時代背景であることが検証された。
文化財課が鏡山周辺一帯をどのように位置づけするかが「石段」の撤去につながってくる訳だが、間違っても石段を含んでの文化財指定にはならないことは万人の良識であろう。
従って、住宅課班長の言葉「フォーラムさんの石段撤去要請の対象は、今後は住宅課というよりも、遺産課の対応になる」という。またまた説明、要請対象が変わるという、相手かわり品変わりで行政に翻弄される気の長い話になってしまった。そして、さらにこの交渉は、遺産課から現地調査が完全に終わるまで待ってくれというお達しである。説明では順調にいって1年半後になるとのことだ。これからすれば、私たちの鏡山公園整備の実現は優に7年越しの活動になる、歳もとるはずだ。
5月21日フォーラムの会議で、2008年度の活動目標を「石段撤去」一点に絞り、実現に向けて頑張りたいと決意した亡き多田氏の思いを察すると、返す返すも残念でならない、悔やまれる。
一人の無分別な暴言と行政の郷土の文化に対する無理解、不作為の為に議論から認識を深めることの、さらに共有することの難しさを痛感させられた。これまでの5年間の悲しい活動は、今後、文化財指定という新たなステージに移行した。私たちは、新たなステージの展開に適切な楔を打つ為の方法をこれから模索しなければならない。
行政の常、相からいって、今後も決して住民にとって万歳して喜べることなど何もないことを思い起こして、これからの和歌の浦を注目していかなければならない。
■ 今後のフォーラムの体制について
故多田氏の後任の代表役について、今後皆さんから意見を頂くとして、当面は代表を置かないことに決めた。活動はフォーラムの会議指導で事務局が実施する従来通りの方法で継続することが確認され、事務局体制は大谷と岩畑(地元体制)で担うことにした。
※ 次回日程
7月16日(水) 午後7時より9時
中央コミュニティーセンター2階(屋形・日用雑貨のコーナン前) 402−2678
以上、事務局より
08年6月 18日(水) 勤労者会館・午後7時0分〜
■ 課題 ・明和中学校防壁ペイント ・芭蕉句碑公園・
・ 鏡山里山保全 ・塩釜神社周辺フェンス
議 事 次 第
1. 報告
・ 多田代表の死亡について
・ 塩釜神社側横断歩道の設置について
(6月13日現場検証、15日伽羅岩の草とり)
2. 課題 (住宅課、遺産課の現場協議の話し合い)
・ 鏡山公園石段撤去について
3. 玉津島神社 根上松の看板の件
4. 和歌の浦 鏡山公園周辺案内地図(市の企画について)大谷
5. 今後のフォーラムの体制について
次回日程
事 務 局 : 報告 (参加者:岩畑その他4名)
■ 多田代表の死亡経緯を報告する
先ず、5月21日、フォーラム会議の後、自宅前で今後のフォーラム運営について歓談する。その時は入院の話はでなかった。二日後の金曜日に入院、翌週月曜日、早期回復を図る為に入院したと連絡を受ける。
金曜日の夜、奥さんから電話があり、病態は悪化して2日程度しかもたないという連絡を受ける。そして、本人の希望で私と米田、大谷さんに会いたいとの伝言を聞く。
土曜日の午前10時過ぎ三人でお見舞いに行く。この時は、にこやかに饒舌気味に会話が弾み、回復に転じたと信じられる応対で一安心して、負担を避けるため早々に退室する。そして、6月2日午前、深夜の2時30分に亡くなったとの知らせを受ける。
以上が私の知る死亡までの経緯である。
■ 塩釜神社側横断歩道設置にともなう物置移転の経緯
ウバメガシの撤去による柵側歩道の確保に至る経緯説明(13日各団体協議)を行う。
今回の計画決定は、現状の物置は現状の復元という内容で許可するという判断である。また、柵内に設置するということに関しては、せっかくの落石防護の柵設置の目的が危ぶまれるという判断で、遺産課の判断とも呼応するものになった。従って、物置新設は道路境界線から安全確保有効幅を確保して、現状位置から後ろに移動(約1メートル)して設置することになった。
ウバメガシの生垣撤去に踏み切った理由
ウバメガシの生垣を保持するという見解は、当初から故多田氏をはじめ、フォーラムメンバー大方の意向であった。5月19日「フォーラム懇談会」で横断歩道設置の提言が決まり、その後、私自身何度となく検めて現状を歩いて思ったことは、現状のウバメガシの生垣は遠方からの風景作りに一役買っている。しかし、バス停までの歩行では、柵設置に伴い、石碑と伽羅岩を著しく疎外していると感じるようになった。そこで私は、全面的なウバメガシの生垣撤去は、石碑と伽羅岩への私たちの日常性の接近を促すもので、風景とのかかわりを担保する風景作りになり、より価値のあるアプローチになると判断した。また、生垣撤去は、今回の協議から安全歩行の確保が第一の目的であることを考えれば、最優先に判断されて然るべしで異論のないところだと確信する。
■ 鏡山公園石段撤去について
結論から説明すれば、国史跡指定地域での現状の変更は、これからの現地調査による文化財課の調査判断に委ねられる。文化財としての保存設定時間軸の決定が大きく左右するということになる。即ちどの歴史時間軸、時代に遡るかに拠るというものだ。
思い出して頂きたいのは、この手の議論は、以前何度かフォーラムで平田氏が提議した課題である。どの時代の状況を文化財として認定、その判断によって現状の石段を撤去する、維持するとの決定を下すという行政見解である。
そして、この見解とは、これまでのフォーラムの要請内容が正にこの主張、歴史的時代背景の原状態に戻すこととほぼ同じことを意味する。つまり、あしべ屋そのもの、松尾芭蕉句碑建立の次元に復帰させること、これを第一義的に直接的、間接的に主張してきたのが、「南方熊楠と和歌の浦」から「あしべ屋跡地と和歌の浦」のシンポジウムである。そして、シンポジウムで私たちが主張する「あしべ屋」が歴史的時代背景であることが検証された。
文化財課が鏡山周辺一帯をどのように位置づけするかが「石段」の撤去につながってくる訳だが、間違っても石段を含んでの文化財指定にはならないことは万人の良識であろう。
従って、住宅課班長の言葉「フォーラムさんの石段撤去要請の対象は、今後は住宅課というよりも、遺産課の対応になる」という。またまた説明、要請対象が変わるという、相手かわり品変わりで行政に翻弄される気の長い話になってしまった。そして、さらにこの交渉は、遺産課から現地調査が完全に終わるまで待ってくれというお達しである。説明では順調にいって1年半後になるとのことだ。これからすれば、私たちの鏡山公園整備の実現は優に7年越しの活動になる、歳もとるはずだ。
5月21日フォーラムの会議で、2008年度の活動目標を「石段撤去」一点に絞り、実現に向けて頑張りたいと決意した亡き多田氏の思いを察すると、返す返すも残念でならない、悔やまれる。
一人の無分別な暴言と行政の郷土の文化に対する無理解、不作為の為に議論から認識を深めることの、さらに共有することの難しさを痛感させられた。これまでの5年間の悲しい活動は、今後、文化財指定という新たなステージに移行した。私たちは、新たなステージの展開に適切な楔を打つ為の方法をこれから模索しなければならない。
行政の常、相からいって、今後も決して住民にとって万歳して喜べることなど何もないことを思い起こして、これからの和歌の浦を注目していかなければならない。
■ 今後のフォーラムの体制について
故多田氏の後任の代表役について、今後皆さんから意見を頂くとして、当面は代表を置かないことに決めた。活動はフォーラムの会議指導で事務局が実施する従来通りの方法で継続することが確認され、事務局体制は大谷と岩畑(地元体制)で担うことにした。
※ 次回日程
7月16日(水) 午後7時より9時
中央コミュニティーセンター2階(屋形・日用雑貨のコーナン前) 402−2678
以上、事務局より
2008年06月22日
15日 鏡山公園雑草駆除作業
15日(日) 鏡山公園 伽羅岩の雑草駆除作業報告
午前10時 〜 12時 作業員(岡谷、岩畑その他2名)
岡谷さんの指導で伽羅岩から芽を出している笹、雑草等を駆除する。今回は前日に緑化センターの方でほとんどの雑草刈り込みが終わっていたので、伽岩そのものから芽を出している葉っぱに駆除液を刷毛塗りする方法で実施した。これで現状芽がでている雑草は枯れてしまうとのことです。
その後、塩釜神社側、ウバメガシの生垣撤去と物置移転に関して、13日の協議結果の現場説明をする。さらに懸案の石段撤去について現時点での県側の見解について説明した(この内容については18日フォーラムの報告でお知らせします)。
以上、事務局
午前10時 〜 12時 作業員(岡谷、岩畑その他2名)
岡谷さんの指導で伽羅岩から芽を出している笹、雑草等を駆除する。今回は前日に緑化センターの方でほとんどの雑草刈り込みが終わっていたので、伽岩そのものから芽を出している葉っぱに駆除液を刷毛塗りする方法で実施した。これで現状芽がでている雑草は枯れてしまうとのことです。その後、塩釜神社側、ウバメガシの生垣撤去と物置移転に関して、13日の協議結果の現場説明をする。さらに懸案の石段撤去について現時点での県側の見解について説明した(この内容については18日フォーラムの報告でお知らせします)。
以上、事務局
2008年06月09日
今週の予定(6月13,15日)
13日(金) 塩釜神社物置移転場所の現場検証 午後1時半 〜
参加 県環境課、文化遺産課
内容 代替物置の設置場所ならびに大きさについて現地に相応しいものかどうかを判断する基準は文化財史跡指定場所に如何なものかという尺度。
フォーラムの提言は、大きさは1間の1間、木目調の既製品(ヨド物置)
15日(日) 鏡山公園 伽羅岩の雑草駆除作業 午前10時 〜 12時
岡谷さんの指導で伽羅岩から芽を出している笹等を駆除ならびに芝生の雑草を抜く
持参するものは、軍手(掌がゴム状のものが良い)だけでよい。
以上
参加 県環境課、文化遺産課
内容 代替物置の設置場所ならびに大きさについて現地に相応しいものかどうかを判断する基準は文化財史跡指定場所に如何なものかという尺度。
フォーラムの提言は、大きさは1間の1間、木目調の既製品(ヨド物置)
15日(日) 鏡山公園 伽羅岩の雑草駆除作業 午前10時 〜 12時
岡谷さんの指導で伽羅岩から芽を出している笹等を駆除ならびに芝生の雑草を抜く
持参するものは、軍手(掌がゴム状のものが良い)だけでよい。
以上
2008年06月05日
塩釜神社周辺 柵追加工事の要望会談報告
塩釜神社周辺、歩道設置にともなう柵追加工事の要望会談報告
6月5日午後1時20分から
県側出席者 主幹 山下恵三、班長 大橋成紀
フォーラム 事務局 岩畑政行
要望書についての内容は概ね了解が取れる。具体的な交渉についても図面を参照しながらの物置設置状況を含め大した問題がないという話し合いに終始した。さらに、自治会ならびに地域住民合意の要請ということなので今回は速やかに実施することを重ねてお願いした。
08年度環境住宅課担当者との始めての会談は、共通認識の下で極めて有意義なものであったといえる。
しかしながら、元の木阿弥である。帰宅してから1時間後、班長から電話があり問題点の指摘を受けることになる。
問題1.防護柵の関係上、扉形式では施工できない。
問題2.文化財指定地域について新たに物置等の設置はできない。
なるほど、言葉上を杓子定規に解釈すれば一理ある指摘だ。定義第一主義を最も至極でしか判断しないお頭は、日本の近代化がもたらした伝統でこれは官僚文化に熟成してしまい、現在に至ってもその発想は脈々と引き継がれている。ご立派というしかない。
参考:下記(塩釜神社周辺柵設置追加工事の要望書)
住宅環境課 御中
先達て4月19日の「和歌の浦フォーラム懇談会」に参加して頂き有難うございました。
お陰様で多くの方の参加を頂き、各立場からの展望ある説明、意見を多数拝聴することができ、懇談会が盛況裡に終えて喜んでいます。
そこで本日は、「懇談会」で片男波自治会長から提案のあった、塩釜神社側への横断歩道設置の件についてお願いに参りました。自治会長の提案に対する意見交換は、参加者全員の賛同が得られ残された問題は、信号設置に伴う予算的なことは別として、塩釜神社社務所横の倉庫の撤去に集約されました。その結論から、懇談会の主催元である「和歌の浦フォーラム」の方から塩釜神社の宮司さんに交渉を働きかけるということになりました。これらの意見交換の集約についてはご理解、承知して頂いていると思います。
5月16日、片男波、和歌浦東、和歌浦連合各自治会長とフォーラム事務局とで、塩釜神社宮司との話し合いを持ちました。
話し合いは、地域住民、観光客のバス停へのアクセスならびに玉津島神社側からの塩釜神社への通路を安全第一に勘案すれば、倉庫を移動して歩道を確保することが一番望ましいという結論に至り、宮司さんも快承するという運びになりました。
それで、横断歩道を設置するにともなう倉庫移転の問題は解決したのですが、私たちにできない倉庫跡地の柵の始末問題が残りました。
そこで、跡地に追加の柵の設置を要望することになった次第です。話し合いの当日に歩道確保の現場確認をして出された案は、跡地の直線3.7メートルに既存の柵を延長して頂ければ、歩道有効幅1.4メートルが確保でき、バス停への安心な歩道になるというものです。
従って、塩釜神社周辺柵設置の追加工事を是非実施して頂きたく要望する次第です。
よろしく取り計らいお願いします。
2008年6月5日
和歌浦連合自治会長 保井彰友
和歌浦東自治会長 今田和夫
片男波自治会長 玉置成夫
和歌の浦フォーラム 岩畑政行
以上、事務局(文責:岩畑政行)
6月5日午後1時20分から
県側出席者 主幹 山下恵三、班長 大橋成紀
フォーラム 事務局 岩畑政行
要望書についての内容は概ね了解が取れる。具体的な交渉についても図面を参照しながらの物置設置状況を含め大した問題がないという話し合いに終始した。さらに、自治会ならびに地域住民合意の要請ということなので今回は速やかに実施することを重ねてお願いした。
08年度環境住宅課担当者との始めての会談は、共通認識の下で極めて有意義なものであったといえる。
しかしながら、元の木阿弥である。帰宅してから1時間後、班長から電話があり問題点の指摘を受けることになる。
問題1.防護柵の関係上、扉形式では施工できない。
問題2.文化財指定地域について新たに物置等の設置はできない。
なるほど、言葉上を杓子定規に解釈すれば一理ある指摘だ。定義第一主義を最も至極でしか判断しないお頭は、日本の近代化がもたらした伝統でこれは官僚文化に熟成してしまい、現在に至ってもその発想は脈々と引き継がれている。ご立派というしかない。
参考:下記(塩釜神社周辺柵設置追加工事の要望書)
住宅環境課 御中
先達て4月19日の「和歌の浦フォーラム懇談会」に参加して頂き有難うございました。
お陰様で多くの方の参加を頂き、各立場からの展望ある説明、意見を多数拝聴することができ、懇談会が盛況裡に終えて喜んでいます。
そこで本日は、「懇談会」で片男波自治会長から提案のあった、塩釜神社側への横断歩道設置の件についてお願いに参りました。自治会長の提案に対する意見交換は、参加者全員の賛同が得られ残された問題は、信号設置に伴う予算的なことは別として、塩釜神社社務所横の倉庫の撤去に集約されました。その結論から、懇談会の主催元である「和歌の浦フォーラム」の方から塩釜神社の宮司さんに交渉を働きかけるということになりました。これらの意見交換の集約についてはご理解、承知して頂いていると思います。
5月16日、片男波、和歌浦東、和歌浦連合各自治会長とフォーラム事務局とで、塩釜神社宮司との話し合いを持ちました。
話し合いは、地域住民、観光客のバス停へのアクセスならびに玉津島神社側からの塩釜神社への通路を安全第一に勘案すれば、倉庫を移動して歩道を確保することが一番望ましいという結論に至り、宮司さんも快承するという運びになりました。
それで、横断歩道を設置するにともなう倉庫移転の問題は解決したのですが、私たちにできない倉庫跡地の柵の始末問題が残りました。
そこで、跡地に追加の柵の設置を要望することになった次第です。話し合いの当日に歩道確保の現場確認をして出された案は、跡地の直線3.7メートルに既存の柵を延長して頂ければ、歩道有効幅1.4メートルが確保でき、バス停への安心な歩道になるというものです。
従って、塩釜神社周辺柵設置の追加工事を是非実施して頂きたく要望する次第です。
よろしく取り計らいお願いします。
2008年6月5日
和歌浦連合自治会長 保井彰友
和歌浦東自治会長 今田和夫
片男波自治会長 玉置成夫
和歌の浦フォーラム 岩畑政行
以上、事務局(文責:岩畑政行)
2008年06月03日
第59回 和歌の浦フォーラムの報告
08年5月 21日(水) カリフ・午後7時0分〜
■ 課題 ・明和中学校防壁ペイント ・芭蕉句碑公園・
・ 鏡山里山保全 ・塩釜神社周辺フェンス
議 事 次 第
1.報告
・ 塩釜神社側横断歩道の設置について(4月19日懇談会での提案を受けて)
・ フォーラム 5月31日勉強会中止について
2. 課題
・ 鏡山公園石段撤去について
・ 明和中学校防音壁ペイント問題
3. 玉津島神社 根上松の看板の件
4. 和歌の浦 鏡山公園周辺案内地図(市の企画について)大谷
5. 次回日程 ・【お知らせ】セミナー
事 務 局
新しい課題について
・ 塩釜神社側に横断歩道の設置ついて (4月19日懇談会での提案を受けて)
5月12日 安井、玉置、今田各自治会長と岩畑で、玉津島神社宮司に横断歩道の設置に伴う神社側歩道の確保のための倉庫移転案を申し入れる。結論的には、移転に伴う諸費用を提案側が負担することで合意ができる。従って、この旨で県側に歩道確保の為の柵設置を要請することになる。
31日午後、フォーラム仲間と岩畑で倉庫移転の現地確認、実測に基く歩道確保と柵設置案を協議する。週明け県側に具体的提案として説明、交渉に行く予定とする。
その他、今年の課題として、鏡山公園石段撤去に焦点を絞り実現に向けて働きかけすることを決める。
以上(文責:岩畑政行)
■ 課題 ・明和中学校防壁ペイント ・芭蕉句碑公園・
・ 鏡山里山保全 ・塩釜神社周辺フェンス
議 事 次 第
1.報告
・ 塩釜神社側横断歩道の設置について(4月19日懇談会での提案を受けて)
・ フォーラム 5月31日勉強会中止について
2. 課題
・ 鏡山公園石段撤去について
・ 明和中学校防音壁ペイント問題
3. 玉津島神社 根上松の看板の件
4. 和歌の浦 鏡山公園周辺案内地図(市の企画について)大谷
5. 次回日程 ・【お知らせ】セミナー
事 務 局
新しい課題について
・ 塩釜神社側に横断歩道の設置ついて (4月19日懇談会での提案を受けて)
5月12日 安井、玉置、今田各自治会長と岩畑で、玉津島神社宮司に横断歩道の設置に伴う神社側歩道の確保のための倉庫移転案を申し入れる。結論的には、移転に伴う諸費用を提案側が負担することで合意ができる。従って、この旨で県側に歩道確保の為の柵設置を要請することになる。
31日午後、フォーラム仲間と岩畑で倉庫移転の現地確認、実測に基く歩道確保と柵設置案を協議する。週明け県側に具体的提案として説明、交渉に行く予定とする。
その他、今年の課題として、鏡山公園石段撤去に焦点を絞り実現に向けて働きかけすることを決める。
以上(文責:岩畑政行)
2008年04月09日
第58回 和歌の浦フォーラムの報告
4月9日 参加者:事務局その他5名
議 事 次 第
カリフ・午後7時0分〜9時
■ 課題 ・明和中学校防壁ペイント ・芭蕉句碑公園・
・ 鏡山里山保全 ・塩釜神社周辺フェンス
1. 報告
鏡山公園整備の今後の課題 (石段撤去対策)
フェンス整備の全容 (3月31日 工事完了)
2.フォーラム 4月19日の催し企画案について
8日訪問 県住宅環境課、市審議監室、道路建設課
3.明和中学校防音壁ペイント問題
8日訪問報告
4.玉津島神社 根上松の看板の件
5.和歌の浦 鏡山公園周辺案内地図(市の企画について)大谷
6.次回日程
事 務 局
主に4月19日の催し企画について具体的に取り決める。
懇談会始まりは1時半、来れる方は12時半に集合。
タイムテーブルは、参加予定者(県住宅環境課、文化財課、市道路建設課、審議監室、各自治会長)のスピーチを1時間10分程度として10分の休憩をとる。その後約70分、参加者との懇談会(フリートーク)。
懇談会終了後、フォーラム仲間でカフェミーティングを行う。
以上が19日イベントの概略です。
その他は、鏡山公園整備の今後の課題 (石段撤去対策)について、四つ目垣設置位置と前方の苗木松4本の移設について報告する。
以上(文責:岩畑政行)
議 事 次 第
カリフ・午後7時0分〜9時
■ 課題 ・明和中学校防壁ペイント ・芭蕉句碑公園・
・ 鏡山里山保全 ・塩釜神社周辺フェンス
1. 報告
鏡山公園整備の今後の課題 (石段撤去対策)
フェンス整備の全容 (3月31日 工事完了)
2.フォーラム 4月19日の催し企画案について
8日訪問 県住宅環境課、市審議監室、道路建設課
3.明和中学校防音壁ペイント問題
8日訪問報告
4.玉津島神社 根上松の看板の件
5.和歌の浦 鏡山公園周辺案内地図(市の企画について)大谷
6.次回日程
事 務 局
主に4月19日の催し企画について具体的に取り決める。
懇談会始まりは1時半、来れる方は12時半に集合。
タイムテーブルは、参加予定者(県住宅環境課、文化財課、市道路建設課、審議監室、各自治会長)のスピーチを1時間10分程度として10分の休憩をとる。その後約70分、参加者との懇談会(フリートーク)。
懇談会終了後、フォーラム仲間でカフェミーティングを行う。
以上が19日イベントの概略です。
その他は、鏡山公園整備の今後の課題 (石段撤去対策)について、四つ目垣設置位置と前方の苗木松4本の移設について報告する。
以上(文責:岩畑政行)
2008年01月29日
明和防音壁デザインペインティング塗り替え要請の報告書
25日午後1時半、市役所建設局整備部へ要請文をもって会談に臨む。
参加者は大谷、多田両氏と岩畑、市役所の対応者は堀部審議監、林口部長。
要請文
和歌山市市長 大橋建一 殿
不老橋の対岸にある明和中学校の側面にマリーナシティへの優先道路があり、その騒音対策として防音壁が施されています。
3年前に遡りますが、その防音壁にデザインされたペインティングをめぐり、私たち「和歌の浦フォーラム」有志は、和歌の浦の歴史的景観を著しく損なうと施工主の道路建設課に異議申し立てを行ってきました。
2004年12月8日には、定例フォーラム会議に明和中学校防音壁ペイントの件で道路建設課から担当者2名に参加して頂き、当時の工事過程の説明を聞きました。そして、私たちの要請についての思いを聞いて頂いた。
さらに、2005年3月8日、大橋市長宛に、「明和中学防音壁についての要望書」を出しました。その時の要請は以下の文言になっています。
『昨年末、私達の例会にご出席頂きありがとう存じました。本年もよろしくお願い致します。早速ですが、明和中学防音壁の今後について、和歌山市、和歌浦連合自治会、住民三者による協議の場を設けたく、この旨要望致します。』というものです。
その後は翌年の1月、道路建設課とシュミレーションによる協議を行い、具体的施工について提言もしています。そして、昨年の2007年2月20日には、審議監への明和防音壁の経緯説明も行い、私たちの要望を伝えました。
その結果が、6月17日アートキューブ前歩道護岸から明和中学校防音壁を眺めての現場説明、話し合いということになった訳です。 市の結論は、フォーラムの主張は十分理解できるが、『現時点での改修工事は諦めて欲しい。防壁の老朽化にともなう改築工事の時は、フォーラムの提言を採用して実施する』というものであった。
私たちは、『諦めて欲しい』という市の説明に対して、その後メンバーで何度か話し合いを持ち、どうしても『諦める』ということにはならないという結論に達しました。
本日改めて、防音壁ペインティングについて「和歌山市、和歌浦連合自治会、住民三者による協議の場を設ける」ことを要請します。
2008年1月25日
和歌の浦フォーラム事務局 (文責 岩畑政行)
会談内容は、前回と同様に、どうしてここまで防音壁の塗り替えに拘るかの説明に終始した訳だが、以前から課題になっている、市長との和歌の浦景観についての意見交換の場(「和歌山市、和歌浦連合自治会、住民三者による協議の場を設ける」)を持つことを特に要請した。
後日、審議監から要請に対しての返答を頂くことで散会した。
その後、多田さんの知り合いが居るという秘書課に出向き、偶々本人が居て面識を得ることができた。そこで、建設局整備部へ出した要請文を手渡して市長にも読んでもらうように取り図って頂いた。突然の訪問ではあったが、これは内用、結果は兎も角として収穫であった。
以上
1月29日(文責:岩畑政行)
参加者は大谷、多田両氏と岩畑、市役所の対応者は堀部審議監、林口部長。
要請文
和歌山市市長 大橋建一 殿
不老橋の対岸にある明和中学校の側面にマリーナシティへの優先道路があり、その騒音対策として防音壁が施されています。
3年前に遡りますが、その防音壁にデザインされたペインティングをめぐり、私たち「和歌の浦フォーラム」有志は、和歌の浦の歴史的景観を著しく損なうと施工主の道路建設課に異議申し立てを行ってきました。
2004年12月8日には、定例フォーラム会議に明和中学校防音壁ペイントの件で道路建設課から担当者2名に参加して頂き、当時の工事過程の説明を聞きました。そして、私たちの要請についての思いを聞いて頂いた。
さらに、2005年3月8日、大橋市長宛に、「明和中学防音壁についての要望書」を出しました。その時の要請は以下の文言になっています。
『昨年末、私達の例会にご出席頂きありがとう存じました。本年もよろしくお願い致します。早速ですが、明和中学防音壁の今後について、和歌山市、和歌浦連合自治会、住民三者による協議の場を設けたく、この旨要望致します。』というものです。
その後は翌年の1月、道路建設課とシュミレーションによる協議を行い、具体的施工について提言もしています。そして、昨年の2007年2月20日には、審議監への明和防音壁の経緯説明も行い、私たちの要望を伝えました。
その結果が、6月17日アートキューブ前歩道護岸から明和中学校防音壁を眺めての現場説明、話し合いということになった訳です。 市の結論は、フォーラムの主張は十分理解できるが、『現時点での改修工事は諦めて欲しい。防壁の老朽化にともなう改築工事の時は、フォーラムの提言を採用して実施する』というものであった。
私たちは、『諦めて欲しい』という市の説明に対して、その後メンバーで何度か話し合いを持ち、どうしても『諦める』ということにはならないという結論に達しました。
本日改めて、防音壁ペインティングについて「和歌山市、和歌浦連合自治会、住民三者による協議の場を設ける」ことを要請します。
2008年1月25日
和歌の浦フォーラム事務局 (文責 岩畑政行)
会談内容は、前回と同様に、どうしてここまで防音壁の塗り替えに拘るかの説明に終始した訳だが、以前から課題になっている、市長との和歌の浦景観についての意見交換の場(「和歌山市、和歌浦連合自治会、住民三者による協議の場を設ける」)を持つことを特に要請した。
後日、審議監から要請に対しての返答を頂くことで散会した。
その後、多田さんの知り合いが居るという秘書課に出向き、偶々本人が居て面識を得ることができた。そこで、建設局整備部へ出した要請文を手渡して市長にも読んでもらうように取り図って頂いた。突然の訪問ではあったが、これは内用、結果は兎も角として収穫であった。
以上
1月29日(文責:岩畑政行)


